口腔ケアが健康寿命の延伸につながる?
健康寿命の延伸は超高齢化社会の課題?
世界有数の長寿国である日本では、男女とも平均寿命が80歳を超えており、2019(令和1)年の日本人の平均寿命は男性81.41歳、女性は87.45歳で、男女とも過去最高を更新し、最近では「人生100年時代」ともいわれています。その一方で、WHO(世界保健機関)が「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義している「健康寿命※」は、男性72.14歳、女性74.79歳となっており、実際の平均寿命と比べて、男性で約9年、女性では12年以上も短く、その間は、要介護など、健康に何らかの問題を抱えながら生活していることになります。
※健康寿命は5年に1度の発表のため2016年のデータによる
要介護者が増えていく
せっかく長生きをしても、からだのあちこちに不調を抱えて日常生活が制限されたり、ベッドで寝たきりでは、人生を楽しむことはできず、生活の質が大きく損なわれてしまいます。しかし、現実には社会の高齢化とともに介護を必要とする人の数は増加し、75歳以上の後期高齢者の約3割が要介護者となっています。1993(平成5)年に約200万人だった要介護者は、2019年10月現在で、約669万人となり、予測をはるかに上回るペースで増え続けています。厚生労働省では、国民の誰もがより長く、元気に活躍できて、すべての世代が安心できる社会の実現のため、現役世代が急激に減少する2040年までに健康寿命を今より3年以上延ばし、75歳以上にしようという「健康寿命延伸プラン」を掲げています。
80歳で20本の自分歯を残す ~ 8020運動
健康寿命を延ばすためには、生活習慣の改善と運動、そして食事が重要なポイントとなります。なかでも食事は私たちのからだをつくり、生命を維持するための基本となるもので、食事をおいしく食べるためには健康な歯が欠かせません。こうした背景を受け、厚生労働省と日本歯科医師会が推進しているのが「8020運動」です。8020運動とは、いつまでも食事をおいしく食べるために「80歳になっても自分の歯を20本以上残そう」というスローガンのもと、歯の健康の維持・増進を図ろうとするものです。永久歯の数は、全部揃うと32本ですが、一番奥の親知らず(第三大臼歯)は抜いてしまったり、生えないこともあるため、上下合わせて28〜32本が一般的です。そのうち20本以上の歯が残っていれば、食べものを不自由なく咀嚼(そしゃく)できるといわれ、「生涯(運動開始当時の日本人の平均寿命は78.82歳)自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」という願いを込めて、1989(平成1)年から始まりました。運動が始まった当初は目標を達成している75歳以上の高齢者は1割にも満たず、80歳の平均残存歯数はわずか4〜5本でしたが、2016年(平成28)年には達成者率が51.2%にまで上がりました。しかし、その一方で高齢者人口は増え続け、現在80歳以上の高齢者の人口は、運動がスタートした30年前のおよそ4倍にもなっています。そのため、達成率は増えているものの、同時に目標に達していない高齢者の絶対数も増え続けています。運動開始以来、すべての年齢層において歯の平均保持数は増加しており、現在、男性で65〜70歳、女性で70〜74歳までの平均値で20本を超えています。このように、全体的には高齢者の口内環境は改善傾向にありますが、問題を抱えている人が多いことも事実です。そのため、当初の目標である「達成者率50%」を達成した現在も、2022(令和4)年に向けて達成者を60%とする新たな目標が設けられています。
8020達成者は病気のリスクが低い
日本人の約8割にみられるといわれる歯周病は、口腔ケアをおろそかにしたことが大きな要因とされています。この歯周病などの口内のトラブルは放っておくと歯を失ってしまうだけでなく、さまざまな病気のリスクを高めるといわれ、認知症や脳血管疾患をはじめとする高齢者に多い病気と深いかかわりがあることが明らかになっています。たとえば、2014(平成26)年には、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのジョージオス・ツァコス博士らによって、歯を失うことで記憶力や認知機能が低下することが発表されましたし、別の研究では、抜けた歯の本数が多い人ほど認知症を発症しやすい、という報告もあります。一方で、たとえ歯を失っていても、入れ歯などできちんと噛めるようにケアしていれば、認知症のリスクも低下することがわかっています。噛むことで脳の血流量が増えることが、よい結果をもたらしていると考えられており、口腔内の環境と脳の働きが密接な関係にあることがわかります。歯の健康と健康寿命の関係については、日本でもさまざまな研究がおこなわれています。